子どもたちと一緒に餃子作り|本場中国の餃子について

本場中国の餃子について

我が家の子どもたちも、そろそろお手伝いをしてもいい年頃になってきているので、最近、私が家でご飯の用意をするときに出来るだけ手伝ってもらうようにしています。今までは、自分も仕事をしていたので、なかなかそんな余裕もなくて、時間をかけずにご飯を作ると今年か考えていなかったのですが、やっぱり女の子ですし、食事のマナーや、簡単なご飯の用意や、洗濯、掃除くらいはできるようにしておいたほうがいいだろうと思い始めたからです。子どもたちは、材料を切ったり、焼いたりするのは率先してやりたがります。最近は、餃子を作るのが気に入ったようです。材料を切って、まぜて、餃子の皮で包んでいくのですが、普通の餃子に作られるのは最初の4つ5つくらいです。残りは変わり餃子になって、キャンディ包み、ショウロンポウ包み、手裏剣包み、餃子の皮を二枚あわせてUFO包みなどなど・・・。中身もまたいろいろで、チーズを入れてみたり、ウインナーを入れてみたり、キムチを入れてみたり・・・。この前は、餃子の皮も作ってみたので、すごい大きな餃子を作ってみました。大きすぎてフライパンで焼くのがかなり大変でしたが、けっこうおいしく出来上がりました。子どもたちも、これは私が作ったの、こっちは私と、自分で作った餃子なのでいつもよりもたくさん食べてくれるし、パパも楽しみにしてくれているので、ご飯の時間を楽しく過ごせるし、いい事だらけです。ただ、後片付けまでしっかりやってくれるともっと助かるのですが・・・。

我が家で作る餃子

家庭で餃子を作るのも簡単ではありません。自分一人なら数も少ないのでしょうが、我が家では大量に作るのです。他の家庭ではどのくらい作っているのかわからないのですが、我が家で餃子を作るときは最低でも120個ほどは作ります。それでも残ることはまずありません。私は料理が得意ではないのと生肉をこねるのも好きではないため結構大変なんです。ハンバーグもこねるのが大変なんですが、ときには子供のためには作ることもあります。日本人は餃子が好きな人が多いような気がします。

懐かしい餃子の味

私が子供の頃、母がよく餃子を作ってくれたものだ。学校から帰り、母が夕御飯の準備をしていて、それを覗きにいくのが日課だったのだが、餃子の材料がそろっていると、嬉しくて、思わず手伝いたくなった。実際、母は私が手伝う方が、時間がかかるにも関わらず、よく手伝いをさせてくれた。母が作る餃子は、いたってオーソドックスだったが、何故か絶妙に美味しい味だった。どのように味付けしていたのかなど、子供のころはわからず、ただただ薄い皮に包む作業が楽しかっただけなのだけれど。そして大人になり、結婚もし、子供もできた今、今度は自分が餃子を作って食べさせる番になった。

家事のリフレッシュと冷凍食品と餃子

家庭を預かる主婦になりますと、保存食が欲しくなります。家事は毎日やらなくてはいけない事ですから、少し休みたいと感じる日もあります。スーパーに行きますと、冷凍食品が充実していますから、助かります。餃子や焼売、揚げ物など多様な食材が並んでいます。昔なら、そんなことは許されなかったことでしょうが、時代は変わりました。できる時には一生懸命にやります。しかし、できない時はしっかりと休んで、調子を整えましょう。今の冷凍食品は、とてもおいしく作られています。

立ち食いの餃子専門店

餃子だけのメニューで立ち食いスタイルのお店が最近できたので行ってみました。行ってみると店内は木調の丸テーブルが真ん中に何個かあって、壁側にはこれも木のカウンターがありました。まだ新品の木の香りもして、お店だけみると餃子のお店という感じはしませんでした。お店の奥で男性が一人で切り盛りしている感じで、注文をして自分でテーブルまで運んで食べるセルフ式です。ビールと餃子セットもあって、焼きたて餃子にビールはたまりませんでした。ここは餃子は地場産のキャベツ、豚肉を使っているそうです。

日本餃子の歴史

嫌いな方はいないのではないかと思われる餃子。そんな餃子について、色々と調べてみました。多少、誤差などあるかもしれませんが、「なるほど」と思って頂けたらと思っています。まず、名前の由来ですが、「ギョーザ」という呼び方にはいくつか説があるようです。1つは、山東地方の「ギャオヅ」に由来していたり、満州語に由来しているという説があります。また、韓国で餃子は「マンドゥ」と呼ばれているのですが、「ギョジャ」とも呼ばれており、これがギョーザの発音と良く似ていることから、朝鮮半島経由にて日本に伝わったと言われる説もあるようです。次に、日本で食べられる餃子の歴史についてです。日本国内にて初めて餃子を食べた人物は江戸時代の徳川光圀とされているようです。

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